惑う姫君、探す騎士 3
ぴちゃり、ぴちゃりと水の落ちる音が響くこの空間は、ランスの頭に入り込んできたイメージ通りだった。
青緑の湿った岩壁に伝う水と、それが外から入り込む光を映し出し、仄暗い鍾乳洞の中を照らす。そして鍾乳石が森のように立ち並んでいて、涼やかな空気と湿気を纏っていた。
「さぁて瑠璃、肝心のお姫様の臭いは感じるか?」
「感じるわけないだろうが!」
ランスの言葉に瑠璃は少し呆れた様子で額に手を当て、軽くため息を吐き出した。
しかし、何かに気付いたのだろうか。瑠璃はすぐにその手を額からよけ、洞窟の奥を見やった。
「……煌めきを感じる。この奥に真珠が?」
瑠璃はそう呟くとランスを気に止めることなくずかずかと歩いていった。
全くわけが分からない。
煌めきとは何か、それが真珠姫とやらと関係があるのか。ランスは頭をフル回転させるが、それは徒労に終わる。それどころか、
「行くぞ」
「あ、ああ」
瑠璃は奥の方からランスを急かした。どうやらあまり良い状況ではないらしい。といっても、洞窟で女の子が一人ではぐれている可能性が高いのだから良い状況であるはずがないのだけど。
ランスは早足で瑠璃の姿を追った。
「次は下だ」
「あいよ」
ランスは瑠璃の無骨な案内に対して単調な応答を返すと、自然が作り出した階段みたいな岩を駆け下りた。
そして現在、彼の体にはあちこち擦り傷が刻まれていて、皮膚の所々は擦った事による痛みそうな赤みが浮かび上がっている。それは彼がこういった滑る地形の苦手さを暗に示していると同時に、彼の顔をしかめさせるのに効果を発揮していた。
「……まだ? もうこんなジメジメしてるカビの発生区域におさらばしたいんだけど」
「手伝うと言ったのはお前だろう?」
ランスの不満は瑠璃の一言に容易に叩き折られた。
瑠璃の言葉はいかにも真実で、ランスが口から出した気持ちよりも強い力を持っていたのはランス本人にとって都合の悪いことであるだろう。
ランスはばつが悪そうに舌を鳴らした。しかし水気が充満する鍾乳洞の中では音がくぐもり、満足に広がらずに消えてしまって、彼の気分をさらに盛り下げた。すると
「……荒れているね」
「!?」
ランスは急に側面の暗がりから何者かに声をかけられ、一瞬にして軽度のパニックに陥った。
しかし彼の本能は無意識に体を動かし、腰に下げた片手剣に手をかけることを実行する。
「おや、心外だね。ここで君たちを待っていたというのに」
「待ってた、だって?」
ランスは暗がりにいる何者かに隙を見せないように腰を落とした。それこそすぐさま剣を抜いて切り捨てられるように。
すると岩の陰からその声の主と見受けられる一人の女性が姿を現した。と同時に瑠璃も剣を抜きつつランスの元へと走り寄る。それこそ騎士のように。
「……何者だ。何でこんな所にいる」
瑠璃は切れ目で女性を睨みつけつつ聞いた。恐らく返答次第ではこの場で叩き斬るつもりなのだろう。黒みを帯びた曲線的な刀身は洞窟内のほのかな光の中で怪しく輝いている。
ただ、瑠璃の疑念は当然のものだ。こんな所にまず人がいる事自体無いのだから。
しかもその女性の格好が彼らの疑念を際だてている。ぴっちりと全身を覆う緑色のチャイナドレスに、薄暗い中でも存在感を示すような紅さの口紅をつけ、赤だか茶色だか分からない色の髪をアップにしてハイビスカスの大きな花が添えてある姿は、美しいと言うより妖艶というのがふさわしい趣向だった。このような洞窟でこの格好は怪しいことこの上ない。
女性は口を開く。
「それよりも、真珠姫がこの先で魔物に襲われているぞ。早く助けてやれ」
「……何?」
瑠璃は眉間に皺を寄せ、剣を低く構えた。必殺の一撃を叩き込むために感覚をとぎすませているのがよく分かる。
そしてこの瑠璃の行動に対し、女性はわずかに目を細めて瑠璃の行動に備えている。構えている武器などはないが。その女性が醸し出す空気は、彼女が相当な実力者であることを語っている。
「……君の姫を危険にさらしていいのかい?」
「さぁな。少なくともお前も危険だろう」
女性の問いに瑠璃は殺気の満ちた目と共に返した。ついでにランスも剣に手をかけ、いつでも抜けるようにする。
しかし、その緊張は思わぬ形で断ち切られた。
「きゃああああああーーーーーー!」
洞窟内の空気という空気と、壁を媒介として高い声は響く。
……これは少女のものだ。そうランスが判定するとほぼ同時に、瑠璃は剣の向きを女性から外し、声の発信源へその身を突っ込ませた。
「真珠!」
あまりよく聞き取れなかったが、ランスは瑠璃がそういっているように感じた。
そして彼は女性の方を一瞥し、すぐに瑠璃の後に続く。
一方女性は涼やかな表情のままランス達を見送り、今の状況を楽しむように口元を少しだけ歪ませて呟いた。
「……君が石にならなきゃいいけど」
あとがきに近いぼやき
意外に長い期間が空きましたね。すいませぬ。
次回はVSドゥ・インクとなりますね。必然的に。
コイツは殺す人と殺さない人の差が激しいんですが、どうしましょうかね?
でも、とりあえずランスの設定は消化させるつもりなんで、ヨロシク!!